フレイザー『金枝篇』、初の完訳版ついに刊行開始!
J.G.フレイザー畢生の大著で、人類学・民俗学・宗教学をはじめ、文学・芸術など人文諸学全般
に多大な影響を与えた『金枝篇』の、わが国初の完訳版がついに刊行開始された。
詳しくは → 国書刊行会のサイトへ
『金枝』の邦訳としては岩波文庫の5巻本が比較的有名かと思うが、実は、あまり知られていな
いけれども、岩波文庫版は著者フレイザーが、原著を削りに削ったダイジェスト版に過ぎないうえ、
豊かな「読み」の可能性を広げてくれる膨大な原註もばっさり割愛した、いわば骨と皮のような本
であった。(それでも、あの5巻もなかなか読み通せないという声もあるでしょうが……(^^;))
それがついに待望の完訳版刊行の運びとなったわけだ。
これは喜ばしい。
原著で全13巻におよぶ大著の翻訳を完成させたのは、故・神成利男氏。
1960年代後半(つまり、ぼくが生まれたころ!)から訳しはじめ、1970年にはアイヌの里として知
られる二風谷に居を定めてアイヌ文化の研究にも従事しつつ、1991年の逝去直前に『金枝』の翻
訳を完成させたという。
そのねばり強い訳業には心から敬服せざるをえない。
とはいえ、わが南方熊楠にも通じるがごとき、恐ろしく膨大かつ多面的な資料の蒐集・引用・分類
によって構成されたこの巨著は、ヨーロッパのみならず、アフリカ、オセアニア、そして日本や中国
なども含むアジアなど全世界、古今東西の風俗習慣を網羅しており、個人単独訳ではなかなか歯
が立たない部分があるのも事実であろう。
これまで完訳版が待望されながら、なかなかその困難に立ち向かう奇特な訳者を得られなかっ
たゆえんである。
それで今回の完訳版では、中国関係の部分に関して、訳稿を検討するお手伝いをさせていただ
いたのだが、これはぼくにとっても、なかなか楽しい作業であった。
いや、単に楽しかったというより、知的に興奮させられることが多かった。
ちょうどいま来学期(10月開講)の講義の準備で、20世紀前半、大日本帝国の〈外地〉における
日本語文学、すなわち近代日本の殖民地主義と文学とのかかわりについて見直す作業をぽつり
ぽつりとやっている最中だったのだが、そこで「蕃人」をめぐる言説をはじめ、日本や中国・台湾に
おける人類学的・民俗学的学知の成立にフレイザー『金枝』が圧倒的な影響を与えていることを
あらためて確認することができ、さまざまな考察のヒントをもらったような気がしたのであった。
国書刊行会の『完訳 金枝篇』は全8巻+別巻1。
博引旁証の研究書としてだけでなく、「黄金の枝」をめぐる奇怪で壮大な「祭司殺し」の謎解きミス
テリーとしても読めるというこの書、全巻が出そろうまでには、まだまだたっぷり楽しめそうである。
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