2004.05.28

中国の文学者が世界的ピアニストの息子に宛てた書簡集、待望の邦訳刊行さる

激動の20世紀中国を生きた文学者(作家・批評家)で、『ジャン・クリストフ』の中国語訳などの翻訳
者としても知られる傅雷(フーレイ/1908~1966)が、芸術修養のため異郷の地に留学していた長
男の傅聡(フーツォン)--東洋人初のショパン・コンクール入賞者となった高名なピアニスト--や
国内にいた次男・傅敏に書き送った書簡集が、ついに日本語で読めるようになった。

『君よ弦外の音を聴け--ピアニストの息子に宛てた父の手紙--』
(樹花舎〔きのはなしゃ〕、本体価格2200円)

本書について詳しくは→樹花舎のサイトへ

本書の原題は『傅雷家書』。
「家書」とは「家族から/への手紙」の意で、杜甫の詩「春望」の一節「家書 万金に抵(あ)たる」は
あまりにも有名だが、本書もまさに現代の私たちに届けられた、珠玉のような書簡集である。

原著は1981年に刊行以来、版を重ね100万部以上のロングセラーとなっているもので、中国の読
書人なら知らぬ者はない(といっても恐らく過言ではあるまい)。
いまや「現代の古典」ともいうべき名著である。

西欧の文化に精通し、ヨーロッパの芸術・文学を心から愛した文学者の父--。
そんな父親から、ひとりの知友、いや、「知音」として遇せられ、芸術・文化万般にわたる、滋味ある
書簡を書き送られ、のちに世界的な音楽家となっていく息子--。

戦争と革命の20世紀中国--奔流のような「歴史」のなかにあって、みずみずしい感性にいろどられ
た本物の「文学」が、ここにある。
本書が「文化大革命」終了後まもなく、「改革開放」の初発期に世に出、その後も20年以上にわたり
中国内外で読み継がれてきたことは、革命・社会主義体制から市場経済の競争社会(ないし拝金
主義)へと変化してきたなかでも、最良の「文化」や「芸術」を渇望する人びとが確実に存在したし、
いまも存在していることを物語るものであろう。
実際、革命プロパガンダ的な「つくり」の書籍がほとんどというなかで、白とブルーを基調にすっきりと
まとめられたスマートな装幀の原著を手にした読者は、この書物それ自体をひとつの芸術作品として
愛でたことであろう。

本書の日本語版は、現代中国音楽文化史の研究者で、自身も音楽的素養に恵まれた最良の訳者
を得、訳者の(その端正な見かけによらぬ)強靱な意志によって、幾多の困難をも乗り越えて、いま
私たちの前に届けられた。
原著刊行から20年余り。まさに待望の翻訳の刊行である。
まずはそのことを、訳者とともに、心から喜びたい。
(訳者の榎本泰子さんは、実はわたしの大学時代からの友人で、現在も東アジアのラジオ放送史に
関する研究プロジェクトの共同研究者としておつきあいしている)

本書の「解説」は、中国映画の字幕翻訳者として有名な白井啓介さん(やはりわたしの親しい大先
輩)の手になるものだが、原著の魅力を的確に伝えていて、さすが、と唸らされた。

香り高い紅茶かコーヒーをいれて、いや、いっそハンガリー・ワインなど傾けながら、ゆっくり、ゆっくり
読みたい一冊である。

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