2004.11.02

川越さんのこと(続々)

実に2ヶ月ぶりの書きこみである。
川越さんの喪に服していたというわけでもないのだが。

再開の記事もまた川越さんのことについて。

川越のおじさんが亡くなられたのは8月26日だったが、日本にその訃報が伝わったのは3日の産経が最初だった(はず)。
その後、9月22日発行のメルマガ『在日中国人動態』が追悼特集を発信したが、それは同メルマガ発行元の日本僑報社が川越さんの事跡も収めた『新中国に貢献した日本人』の版元で、関係が深かったからだと思う。
(その翻訳をされた広部久美子さんから、このブログにコメントをいただいた。広部さん、ありがとうございました。)

朝日新聞では10月11日の朝刊(国際面「風 東京から」欄)に、TV朝日「報道ステーション」のコメンテイターとして4月から活躍されている加藤千洋さんが「井戸を掘った人たちの退場」と題するコラムのなかで、川越さんにも触れていた。
朝日ではその後、10月25日の夕刊「惜別」欄にも、おじさんのすてきな笑顔の遺影とともに追悼のコラムが載った。
ややセンチメンタルな書きぶりに傾いている気もしないではないが、「惜別」欄に載ったということで、おじさんのことも、遅ればせながらもようやく世に認められたのかな、とも思ったことであった。

加藤千洋さんはコラムの末尾で「晩年、回顧録の執筆を続けていたと聞く。おそらく個人史の枠をはるかに超える内容のはず。公刊を心待ちにしたい」と書かれていたが、ぼくもまったく同じ思いだ。(が、実現はなかなか難しいだろうとも思う)

川越さんのご逝去から2ヶ月余り。
広部さんからコメントをいただいたのを機に、このブログもぼちぼち再開することにします。

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2004.09.03

川越敏孝さんの訃報(追記)

今朝(というか昨日の深夜)すぐ下の記事を書き、

だが、日本の新聞の訃報欄には出なかったようだ。 お名前が出てもよいはずの方である。 いや、日本そして中国のために川越さんがなしてこられた事績を思えば、出ないのがおかしい くらいだ。 故人のために誠に残念である。

と書いたところ、今朝の産経新聞に訃報が掲載されているのを発見した。
まったく、遅きに失した観なきにしもあらずだが、今日午前の八宝山革命公墓での告別式より
前になんとか掲載されたのはせめてもの慰めと言えよう。

それにしても、「中国在住の翻訳家」という肩書き説明の一行が、かなしい。

川越のおじさんが翻訳家としてたいへん大きなお仕事をされたことを重々承知のうえで敢えて
繰り返すが、おじさんは最晩年、翻訳家として歩むことになった自己の生涯に対して、必ずしも
満足されてはいなかったご様子であった。
これはしかし、人生に完全に満足する人間などめったいにいるものではないというような、もの
のわかったような一般論とは次元を異にする。
京都帝大を卒業、大蔵省主計局に入って壮年時代を歩み始めた川越さんが、翻訳の仕事を
するようになるに至るまでには、戦争という大きな、いかんともしがたい外力がはたらいたこと
に思いをいたさなければならない。
また、1970年、いわゆる「文化大革命」のさなか、中国を一時離れることになった時の複雑な、
それを挫折感などという普通名詞で表現することさえ憚られるような思いなど、執筆中の回想
録が、再訪中された75年までで止まったまま先を書き進めることができないのだというお話を
伺うにつけ、ぼくなどには想像も及ばぬような重いわだかまりがあったに違いないと思われた。

書き上げられることのなかった川越さんの回想録、恐らく公刊は難しいだろう。
だいいち、これで出版してよいと、ご自身が認めないのではないか。
そういう方だと思う。
それでもわたしは、「翻訳家」としてではない川越さんの姿を拝見したくて、それが出版される
日が来ることを期待せずにはいられないのだ。

【補記】
なお、産経新聞の訃報に「かわごえ・としたか」とふりがなが振られているが、誤りである。
正しくは「はるたか」さんとお読みする。
ようやく出た訃報であっただけに、残念としか言いようがない。

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川越敏孝さんの訃に接して

戦中から戦後の半世紀余りを中国で過ごし、『毛沢東選集』や『鄧小平文選』などの日本語版の
翻訳出版に携わってこられた中国中央編訳局の老専門家・川越敏孝(かわごえ・はるたか)氏
が亡くなられたとの報せが届いた。

川越さんに最後にお目にかかったのは今年の3月31日。わたしが北京日本学研究センターでの
任期を終えて帰国する日の朝であった。
わざわざご夫婦で見送りに来てくださり、「あなたたち一家が帰ってしまうと、寂しくなるなぁ」と
おっしゃっていた。
実はそのころすでに体調に異変は生じていて、ご自分でも「いつまでもつか」と笑いながらおっ
しゃってはいたのだが、まさかこんなに早くその日を迎えることになろうとは思っていなかった。

川越さんの訃報は、いま天津で仕事をしている岳父が人づてに聞いたと、昨夜、岳母からの電
話で知った。
亡くなられたのは先月(8月)26日。入院先の北京の病院で息を引き取られたらしい。
だが、日本の新聞の訃報欄には出なかったようだ。
お名前が出てもよいはずの方である。
いや、日本そして中国のために川越さんがなしてこられた事績を思えば、出ないのがおかしい
くらいだ。
故人のために誠に残念である。

ちなみに、今年5月10日、中日友好医院国際医療部主任の葉綺先生(本名は野崎綾子さん)
のご逝去に際しては、朝日新聞などがきちんと訃報を掲載していた。
(葉先生にも北京では家族ともどもたいへんお世話になりました)

一方、川越さんは、わたしたち一家と同じ友誼賓館に住むご近所として、また、もともと妻の伯
母夫婦の親しい友人ということで、何度もお宅にお誘いいただいては、阿姨さん(アーイーさん;
お手伝いさんの意)の作る自慢の水餃子をご馳走になった。
うちの三人娘もいつも大喜びで、ご夫妻に甘え、遊んでもらっていた。
食事をしながら、川越さんの歩んでこられた道のりについて--京都帝大卒業後、大蔵省奉職
中に赤紙を受け取り、中国戦線で敗戦を迎え、戦争捕虜として徴用されてからのその波瀾万丈
の後半生について、お話を伺うのは実に楽しみだった。
川越さんの方でも、中国研究に携わる年若い後輩への餞というようなおつもりだったのか、いろ
いろなお話を聞かせてくださった。
また、わたしの研究テーマについて尋ねられ、その研究状況など次々にご質問くださり(まるで
論文の口頭試問のようで、こちらは冷や汗たらたらであったが)、現代史関係あるいはマルクス
主義関係の文献を中心に豊富な蔵書をもつ書斎には(うちの娘たちが隠れん坊をしたりして申し
訳なかったが)、日本現代史の最も重要な収穫として先年話題になったジョン・ダワー『敗北を
抱きしめて』上下巻もなにげなく架蔵されているなど、その旺盛な知的探求心はいっこうに衰え
ていないご様子であった。

日本と中国の間で、翻訳という地道な分野でたいへんなお仕事をなさってきた川越さんの事績
については、例えば『新中国に貢献した日本人たち 』(日本僑報社2003年刊)のなかの一章
「中日友好に捧げた翻訳家―川越敏孝氏」に比較的詳しい紹介があり、また雑誌『人民中国』
の2001年2月号に「新中国とともに半世紀」という記事が掲載されている。
その他、川越さんが血尿が出て入院された今年6月には、『人民日報海外版』に「戦争捕虜
から新中国の翻訳家に」という記事
(2004年6月23日)が載ったばかりだった。
もちろん、これらの記事は、川越さんの遺した足跡・業績のごく一部を伝えるに過ぎない。
翻訳という、労多くしてなかなか報われない仕事に専心された後半生であったが、大学で教育
研究の仕事をしているわたしには、いつだったか、自分もそういう職場に配属されていればなぁ
と漏らしておられた。
回想録をお書きになっていると伺っていたが、翻訳ではなく、自ら筆を執られたその回想録が
なんとか日の目を見ることを願うものである。

日本と中国の現代史のなかで大きな足跡をのこされた川越さん。
心からご冥福をお祈りいたします。

0308163.JPG
2003年8月16日、川越さんご夫妻と(友誼賓館のお宅にて)

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2004.08.31

ニューヨーク、ミラノ、上海!

現在発売中の女性ファッション誌『Oggi』[オッジ]10月号の広告に「ニューヨーク、ミラノ、上海」
と書かれているのを見て、感慨深かった。

創刊12周年スペシャルということで《1か月コーディネート×3 SPECIAL BOOK》という別冊付録
が付いており、「今話題の3都市の人気スポット&ショップを舞台に」、秋旬のコーデが提案され
ているという。
「それぞれの街ナビ的要素もしっかり楽しめる保存版」ということなのだが、うーん、こういう企画、
以前なら、ニューヨーク、ミラノ……と来れば、次に並ぶのは「パリ」だったのではないか。
それが、上海。

上海には今年初め家族で旅行したが、いや実際、非常におしゃれな街になっているのを肌身で
感じた。

いまやファッションの最前線のひとつは上海なのですね。(^^)

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2004.08.30

ポルカ、閉店

近くにある(札幌市西区、JR琴似駅前)とっても美味しいケーキ屋さん「ポルカ」が、あすで閉店。
22年の歴史に幕を下ろすことになる。
残念だ。

特に洒落ているわけではないが、質実剛健というか、基本がほんとうにしっかりしていて、スポ
ンジにしろ生クリームにしろカスタードにしろ、いつもきちんと作られていた。
防腐剤を一切使用していないというのもたいへん好感が持てたし、お値段も1個250~300円
くらいで、リーズナブルだった。

ポルカは真駒内にも支店があるのだが、同じく今月いっぱいで閉店とのこと。
なぜやめることになったのだろう?
ケーキ屋さんをやめて、パティシエの方たちはこれからどうするのだろう?
そのあたり、わが家の三人娘も気になるというので、じゃあお店に聞きに行こうかということに
なったのだが、いちおうお店の方に事前にインタビューのアポを取ってからと思い、電話をして
みたところ、店長さん(だと思う)が、「閉店の理由を小学生のお子さんに分かってもらうように
説明することは難しいので……」といったようなことだったので、こちらも差し控えることにした。

あんなに美味しいケーキをきちんと作っていらっしゃったのに、いや、きちんと作っていたから
こそ、経営的には相当キビシかったようだ。
数年前に、近所にスフレなんかで有名な大手洋菓子店「き○とや」が進出して来て、そちらに
お客を奪われたのかもしれない。

うちの家族はみな「ポルカの方が断然おいしいよねー」と評価し応援していだけに、ほんとうに
残念。
っていうか、これからわが家はどこでケーキを買えばいいの?って感じ。

とりあえず明日、必ず買いに行きますからね!

ありがとう、ポルカ!
またいつか復活してくださいね。

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2004.08.20

ショック! 川崎和男氏、学長辞退とは!

来年4月の開学を目指して準備中の札幌市立大学の学長予定者に、世界的インダストリアル
デザイナーである川崎和男氏が内定していたことは以前このブログでも書いた

だが、今朝の朝日新聞(北海道版27頁)を見て驚いた。
「川崎和男氏、学長辞退」というのだ。(Web版記事は→こちら
ショック!

はじめ顔写真が目に飛び込んできたので、一瞬、訃報かと疑った。
(失礼ながら、心臓に時限爆弾のような持病をかかえる氏の場合、いつでもあり得る話なのだ)
そうでないことはすぐに分かったものの、やはりショックである。

教員人事をめぐる考え方で折り合わなかったということらしいが、いま詳細は不明。
「教授は40~64歳」などの年齢制限が決められたことに対し、川崎氏から年齢にとらわれず柔
軟な採用を」との意見が出されていたとか。
7月31日にメールで学長を辞退したい旨連絡があり、上田市長も自ら説得に名古屋へ飛んだと
のことだが、残念ながら話し合いがつかなかったようだ。

川崎氏の活躍に大いに期待していただけに、ほんとうに残念だ。

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2004.07.14

トムヤムうどん in 北大生協アジアン・フェア~

北大生協食堂アジアン・フェア~ネタの続きです。(またまたスミマセン(汗))
きょうのお昼は「トムヤムうどん」なるものをいただいてみました。
ご想像のとおり、あの、酸味と辛さが食欲をそそる「トムヤムクン」と「うどん」が合体!というよ
うなシロモノです。
が、これが、けっこうイケました。
このメニューは、北海道の大学生協食堂のみの特別企画だそうで、東北大学とかでは食べら
れないうえ、残念ながらきょうまでで終わりで、明日からは別のメニュー(冷やしサラダ麺)に
替わってしまうのですが、ちょっと美味しかったので褒めてつかわしましょう。(って、ボクが褒
めたからって、どうということもないのですが)
それにしても、最近のお前さんはお昼ご飯しかネタがないのか?
と言われれば、そんなことはなくて、書きたいことはいろいろあんですけど、忙しくて……。
学期末はツライよ。
明日は「夏野菜カレー」と「ヤムウンセン」でまた気合いを入れるとしましょう(って、けっきょく
お昼ご飯ネタかい?>自分)

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2004.07.13

ブブチャチャ in 北大生協アジアン・フェア~

大学生協の食堂で、先週のマンゴープリンに引き続き、マレーシアのデザート「ブブチャチャ」を
食べてみた。(小ネタ続きで、スミマセン)
ココナッツミルクはまあいいとして、これ、ほんとにタピオカかい?というような仕上がりではあっ
たが、(きたきつねさんのコメントにもあったとおり)確かにこれで100円なら、偉いと言えなくも
ないか(笑)。
とりあえず先週来のうっとうしい天気もようやく終わり、きょうは北海道らしい爽やかな晴れ。
がんばれ、アジアン・フェア~!

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2004.07.09

マンゴープリン in 北大生協アジアン・フェア~

きょうのお昼、大学生協の食堂でなにを食べようかな~と思ってメニューを見たら、いまちょうど
企画もので「アジアン・フェア」というのをやっていて、「マンゴープリン」がエントリーされていた。
このところ雨続きで梅雨みたいな札幌。
よし、ここはマンゴープリンで、気分だけでもトロピカル~!
というわけで、食べてみました。(^^)
マンゴープリンに、黄桃やら白桃やらのフルーツの缶詰(だと思う)をトッピングしたもの(ってか、
いっしょに盛っただけ)で、113kcal だそうです。
お味の方は……。
マンゴーの香りがうっすらしたかなぁ?という、たいへんお上品な(薄~い!)一品となっており
ましたです、はい。
で、税込105円。
ま、いっか。

いま北大生協のホームページをチェックしたら、おお、載っているではありませんか!
来週からは、ラインナップが変わり、デザートには、マレーシアの「ブブチャチャ」が登場です。
ココナッツミルク好きのワタシとしてはお好みであるものの、うーむ、期待してよいものか……。
ま、105円ですから(苦笑)。

(きょうは異様に小ネタでスミマセン)

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2004.07.02

やっぱりうれしいアクセス数

きのう、1日のアクセス数が初めて100の大台にのった。
素直に、うれしいです、やっぱり。(^^)
それだけの人が訪れ、読んでくださっている、というのは単純にこちらの励みになりますし、
それで「刺激を受けました」と言ってくださる人がいたりすると、もう有頂天だ。(←かなり大ゲサ)
5月半ばにblogを開設して以来、先週あたりから80を超える日がけっこう出はじめていたのだが、
きのう一気に110を突破。
やっぱりこまめに更新すると違うんですねぇ。

実はいま「ココログ・プラス」を使ってここを運営しているのだが、「プラス」にした理由は単純で、
6月いっぱいまで「無料キャンペーン」をやっていたからだ。(割引に弱いんです、ワタシ…(汗))
で、おとといそれが「切れる」前、家人と相談したところ、
「アクセス数が分かったりとか、どの記事が読まれているかとか、アクセス元がどこか(どこから
このサイトに飛んできてくださるのか)が分かるのは「プラス」だけなんでしょ? いろいろ付加価
値があって、それが意味があるんだったら、いいんじゃない、その分ちょっと投資しても」
と寛大なるおことば。
あ、ありがとうございます。(おお、妻に後光が!)

というわけで、「プラス」を継続することを決めたのだったが、そのとたん、「プラス」ならではのア
クセス数確認で、きのう100を超えたことが分かり、やっぱり続けてよかったーと思ったりしたこと
でした。

これからも、うつつを抜かさぬ程度に、楽しんでやっていきます。

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